三代目❤夢小説(臣隆編sixth)『冬恋 63』
隆二…隆二…
白い空間に向かって、何度その名を呼んだだろう。
普段は照れくさくて、そんなに口にはしないのに…
香ばしい肉の香りが鼻孔をくすぐり、目を覚ました。
ここは?
ああ、ガラスイグルーの中だ。
「目が覚めたかい?」
白髪の女性は同じ場所に胡座をかいたまま、こちらを見ている。
「俺、眠って…」
「スコッチをひっかけてそのまま…どうだい?カラダも少しは楽になったろ」
本当に…寒気もおさまって随分とカラダが軽いし、目眩もしない。
「今、何時ですか?俺、行かないと…」
「まぁ待て。栄養も取ってからだ」
女性は野菜がたくさん入ったスープを鍋から木の器に盛り、俺の前に置いた。
肩からトナカイの毛皮を引っ掛けたまま、その器を手に取った。
「すみません、いただきます」
「遠慮はいらんよ」
木のスプーンで口に運ぶ。
五臓六腑に染み渡る優しい温もり。
「…美味い」
女性は少し笑顔になって、大きな肉の塊を木のまな板の上でスライスしている。
白髪だが、少し日に焼けた健康的な肌にはシワひとつない。
思ったよりうんと若いのかな?
細身で筋肉質、アスリートのような体つきをしている。
そして、母国の言葉を話す。
「トナカイの肉だ、美味いぞ!ああ、マスタードがあったな」
俺の前に肉を差し出して立ち上がり、冷蔵庫の中をガサガサし始めた。
「いただきます」
ローストビーフの様な色合いの肉をそのまま口に入れた。
「美味い」
「そうだろう」
「亜種のトナカイは時速80キロという速さで、極感の雪と氷の世界を900キロも移動するんだ」
「人間の様に太ったものも、家でじっと篭って暮らすものもいない。ほら、マスタードもいけるぞ」
瓶詰めのマスタードを置いて続けた。
「寿命が尽きた仲間の肉も決して無駄にはしない」
「飽食っていうのは、人間だけがする愚かな行為だな、まったく…」
それから何も話さなくなり、ワイングラスに入った茶色の液体ースコッチかなーをグイッと飲んで、俺を見ている。
「ずっと名を呼んでた、男の名だ」
吹き出しそうになって慌てて手の甲で口元を拭った。
「俺ですか?やっぱり…」
「自然界では珍しいことじゃないさ」
「はぁ…」
「惚れてんだな」
「……」
「嵐もだいぶおさまってきた。しっかり食ったら行きな」
女性はニコッと笑って白い髪をかきあげた。
つづく
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2021.02.23 06:53
2021.02.23 02:55